2026/01/11

戦火を逃れて

  大相撲初場所が始まりました。松の内が明けて間もなく、両国の街に「テン、テン、テン、テンテコトン」と響き渡る初場所開催の「触れ太鼓」は、新春おなじみの風景です。

 今場所、注目の的は何といっても新大関の安青錦でしょう。2023年秋に初土俵を踏んで、わずか2年余りで大関に駆け上った21歳。ウクライナ出身という物珍しさもあって、十両のころから「気になる力士」でしたが、驚異的なスピード出世だけではなく、その相撲の取り口に魅力を感じるのは、私だけではないと思います。低い姿勢から切れ味鋭い技を繰り出して強豪力士を倒す相撲は、目を見張るものがあります。

 昨年秋場所12日目に横綱豊青龍を「切り返し」で仰向けに倒した一番。九州場所千秋楽で、大関琴櫻を「内無双」で一瞬にして土俵に這わせた一番は、館内を沸かせました。

 いつからか大相撲は巨体にモノ言わせて突き押しで勝負が決する「大型力士全盛」の時代。かつての舞の海、現役の宇良など見事な技を見せる小兵力士はいつも人気ですが、なかなか横綱、大関まで上がることができません。安青錦は身長182センチと現在の相撲界では決して大きくはない体格ですが、この人の強さが本物になれば、多彩な技で大きな相手を倒す相撲本来の魅力が復活するのではないか、と期待されています。

アマチュアレスリングで鍛えた強い筋肉が違うのか、または現役時代に「技巧派」で知られた師匠の安治川親方(元安美錦)の指導によるものなのか。知り合いの相撲記者は「天性の相撲勘の良さ」と指摘しています。

 加えて、この力士に驚かされるのは、角界に入って2年余にすぎないのに、大相撲独特の伝統文化、決まり事、所作を理解しようと努め、順応力も高いことです。「素直な性格」(同記者)との指摘もあります。日本語の上達も早く、来日後、神戸の日本語学校で日本語を学びながら夜に相撲の稽古を続けたそうです。

 昨年末に亡くなった元横綱審議委員の内館牧子さんが、2005年初場所千秋楽、44本の懸賞金の束を、左手でひょいとつまむように受け取った横綱朝青龍に対し「酔っ払いがお土産の寿司折を持ち帰るようなものでは困る」と厳しく批判したのは有名な話。大相撲の力士、特に横綱は品格が求められます。ふつうの外国人力士には、なかなか理解が難しいですね。

 安青錦(本名ヤブグシシン・ダニーロ)を語る時、今も戦禍に苦しむ故郷ウクライナについて触れざるを得ないでしょう。彼はインタビューでも戦争について一切話さず、メディア側もウクライナのことを聴かないように気を利かしているようです。ロシアがウクライナに侵攻したのは2022年2月、彼が戦火を逃れスーツケース一つで日本にやってきたのが同年4月、その相撲人生は、そのままウクライナ戦争が続く4年間と重なります。

 相撲以外のことは多くを語らない安青錦ですが、家族や友人が終わりの見えない不安の中で過ごしていることを片時も忘れていないはずです。本人から話を聞く機会はありませんが、「戦火から遠く離れた平和な日本で、自分は大好きな相撲ができる幸運な環境にある。だからどうしても強くなりたい」と、心の内に秘めたものがあるのかもしれません。平和ボケした日本の若者の多くは理解できないでしょう。

 昨年11月には、巡業の途中で長崎の平和公園を豊青龍らと訪れ、「平和は一番大切。世界中が平和になったらいいなと感じます」との発言を残しています。

 安青錦が角界を背負う看板力士になれるのか。まだ未知数の部分が多く、簡単ではないでしょう。大相撲の世界はそんなに甘くはありません。これからは周囲の期待もさらに高まり、21歳の若者には大きな重圧となってきます。

 ライバル力士たちも闘志を燃やしているはずです。挫折もありますが、とにかく初心を忘れずに怪我と不祥事に気をつけてほしい。一人の相撲ファンとして今後を楽しみにしています。

 新年早々、大相撲の話題になりましたが、実はフードバンクのソスペーゾ多摩とウクライナは、微妙なところでつながっています。それはいずれ、また詳しく。     (有道)