豪雨続きの異常な夏も終わり、10月に入って秋の青空が広がるようになりました。
先週の晴れた日、山梨方面へ出掛け、甲府市にある山梨県立美術館を訪ねました。お目当ては、ここに収蔵される19世紀フランスの画家ミレー(注1)の作品です。
「ミレーの美術館」として親しまれる同美術館には、代表作として知られる「種をまく人」、「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」、「落穂拾い、夏」(注2)をはじめミレーの油彩画12点のほか、同じ時代にミレーとともに活躍したフランスの画家など多数の作品が収蔵されています。ミレーに魅せられて、私も毎年1回は必ず、この美術館を訪れます。
古い時代のフランスの農村風景を描いたミレーの作品には、いつも心を揺さぶられます。「落穂拾い、夏」は、粗末な帽子を被った3人の農婦が収穫作業が終わって、畑に残った麦など作物の穂を黙々と手で拾い集める様子を描いたものです。茶色、黄土色の落ち着いた色調で、大地に働く人々を詩的に美しく映し出しています。
「落穂拾い」とは何なのか。
聞いたことはあっても日本では耳慣れない言葉なので、少し調べてみると、「欧州の中世から近世にかけて、農村共同体が社会的弱者を保護、扶養するために、収穫後の耕地に残された稲穂や麦の穂を老人や寡婦、孤児らに拾うことを許した慣習」 (世界大百科事典、平凡社)とあります。
さらに、別の宗教関連書は「畑の収穫をするときは、隅々まで刈りつくしてはならない。落ちた穂を拾い集めてはならない。それらは貧しい人のために残しておかなければならない」という旧約聖書の教えも紹介していいます。「落穂拾い」は宗教的意味を持つ「弱者への救済行為」だったのですね。だからでしょうか、ミレーの作品には宗教画のような厳かな雰囲気を感じます。
ミレーは、パリなど都会の華やかな生活ではなく、地方の名もない、貧しい農民の姿を描き続けた画家です。落穂を拾う3人の農婦の姿を描くことで、19世紀フランス農村の貧しい農民たち、労働者たちへの尊厳を訴えたかったのでしょう。物質的に豊かではなかったこの時代でも、人々の「助け合い精神」が社会慣習として広く認められていたことに驚かされます。
「落穂拾い」は農村社会の近代化とともに、19世紀末には欧州でも消滅したと言われますが、この「助け合い精神」は現代でも形を変えて生きているように思います。フードバンク活動もそのひとつでしょう。
だだ、当時の「落穂拾い」と現代のフードバンクは微妙に違うところがあります。「落穂拾い」は「収穫物の一部を刈り取らずに弱者のために畑に残すこと」。「余った食料」ではありませんでした。これに対し、現代のフードバンクは「余った不要な食料を弱者のために提供すること」。弱者に分け与えるものが「貴重な収穫の一部」か、「不要な余りもの」か、という違いです。なので、現代のフードバンク活動は常に、「食品ロス解消」と連動して位置づけられることが多いのです。
生産性が低く、収穫にも余裕がなかった19世紀フランスの農村と、大量生産で無駄な食品の処分に悩む現代では時代状況が違います。結果として、「現代版落穂拾い」が余剰生産物を多く利用するのは、やむを得ないことです。個人的には、「食品ロス解消」のためにフードバンクが利用されることに「何かなあ・・」と引っ掛かりを感じることがありますが、「もらう側」にとっては、食料さえ手に入れば同じことです。
19世紀と比べると、現代社会では福祉制度も発達、「弱者救済」の体制は整備され、暮らしやすくなったはずです。それでも貧富の格差だけは昔も今も変わらず、どこの国でもフードバンクに頼る人が増えていると言います。
いつの時代でも、形が違っても「他人を思いやる心」は大事にしたいものです。 (有道)
(注1)ジャン=フランソワ・ミレー(1814~1875)。自然をありのままに描くバルビゾン派の画家の一人。
(注2)1853年作。38.3×29,3cm。4年後に制作された大作「落穂拾い」(パリ・オルセー美術館収蔵)の原画に当たる。モチーフや構図もほとんど同じ。
📸 同じく代表作「種をまく人」=山梨県立美術館HPより
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