2026/02/08

戦火を逃れて(4)

   前回まで、私たちが食料支援を続けるウクライナ人学生の話を報告しました。

  ウクライナ・ロシア戦争は2022年2月24日に始まったので、間もなく5年目に入ります。1月末のニュース報道によると、戦争開始以来、ウクライナ側死傷者と行方不明者は約50万ー60万人(うち戦死者10万ー14万人)に達したということです。ロシア側の死傷者も120万人に上っています(いずれも米シンクタンク戦略国際問題研究所の推計)。夥しい数です。

 加えて、ウクライナ政府は「約2万人の子どもたちがロシアに連れ去られた」としてロシア側に帰還を求めています。

 ロシアと米国が接触するなど事態打開に向けた動きはニュースなどで何度か伝えられますが、双方の攻防は続いたまま、停戦が実現する気配は見えません。この戦争は「欧州の一部」になることを望むウクライナと、旧ソ連時代に近い形で「ロシアの一部」に引き戻そうとするロシア側が真っ向から対立しているため、双方に譲歩の余地はありません。

 「大ロシア主義」に取りつかれ、19世紀に逆戻りしたかのような武力による「領土拡大」を図るプーチン大統領。そして「自国第一主義」を掲げ、同じく「領土拡大」を訴えるトランプ米大統領。この二人が権力の座にある限り、ロシア・ウクライナ戦争の平和解決は難しいように思えます。

 この戦争が始まってから穀物、飼料価格の暴騰、原油価格の上昇などで世界経済は大きく混乱、遠く離れた日本に住む私たちの生活にも少なからず影響を与えています。と言っても、ミサイル攻撃に身を震わすウクライナの人々の苦しみとは、とても比較にならないでしょう。

 「世界の穀倉」とも称されるウクライナは、肥沃で豊かな大地に恵まれています。かつて、この地を訪ねた際、地平線まで果てしなく続く麦畑と、どこまでも広がる青空に息をのんだ記憶があります。

 第2次世界大戦で独ソ戦の主戦場となり、当時の人口の5人に1人、推定800万人以上が犠牲となった歴史を持つ国です。過去に何度も民族存亡の危機を乗り越えてきたウクライナの人々は、不屈の闘志を持って最後まで徹底抗戦する、と信じたい気持ちです。

 でも、「もう無理…」と言うアリサさんの弱音ともみえる発言には、返すべき言葉が見つかりませんでした。     (有道)

(付記) ここまで、外国人学生への支援を考えつつ、4回続けてウクライナ問題を取り上げてきました。 人とモノが国境を超えて移動する現代のグローバル化社会の下で、日本の日常生活、さらにはフードバンク活動までもが、いかに国際政治社会の影響を受けるものか、とつくづく思います。 これからも、さらに幅広い視点から、私たちの子供支援活動を見ていきたいと考えています。 



2026/02/01

戦火を逃れて(3)

  ウクライナ出身の学生アリサさんの話を続けます。

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 キーウの自宅近く、私もよく歩いた通りにもロシアのミサイルが着弾しました。警報が鳴るとシェルター(防空壕)に駆け込むのです。ドローン、ミサイルの音は独特で、言葉には言い表せない「不気味な音」(アリサさんは英語でuncomfortableと表現)です。この音を思い出すと、今も眠れません。日本でも、救急車のサイレンを聞くと、体が反応してしまいます。

 ロシアの侵攻によってウクライナで女優になるという自分の夢は絶たれました。大好きな日本でこれに代わる道を見つけたいです。考えてみると、ロシアのプーチンが大統領に就任したのは2000年5月のことです。私が生まれたのはこの頃ですから、自分の人生はずっとプーチンによって翻弄されています。

 ロシアには友人も多く、私自身モスクワに住んだこともあります。ロシアは決して嫌いな国ではありませんでした。ウクライナの人たちは何も悪いことをしていないのに、プーチンはなぜ私たちの国に攻め込んで来るのでしょうか。

 この戦争に負けて、ウクライナはロシアの属国になるのでしょうか。この先、私たちの運命はどうなるのか、ものすごく不安です。

 昨年暮れからロシアはウクライナのエネルギー関連施設を狙い、ミサイルやサイバー攻撃で破壊しています。キーウは毎日停電が続いています。電気と水、暖房が止まっています。ウクライナの冬は東京と比べものにならないくらい、めっちゃ寒いです。氷点下の寒さの中、皆が毛布にくるまって震えているのです。

 今、ウクライナの人たちは一日一日生き延びるだけの「サバイバル状態」です。停戦の見通しもなく、絶望的な気持ちになります。これまで頑張って来ましたが、とても耐えられません。「もう無理」と思うこともあります。

 アリサさんはウクライナが置かれた現在の厳しい状況を、時間をかけて説明してくれました。ミサイルやドローンが飛んでくる恐怖など、まさに体験した人でなければ分からないことです。

 話を聴きながら、国際社会が戦争終結に向けて具体的な成果を一向に挙げられない、もどかしさを感じました。

 話は少し変わりますが、前に、このコラム欄で取り上げた大相撲の新大関安青錦が初場所で見事優勝を果たしました。千秋楽の優勝決定戦で、熱海富士の怒涛の寄りを土俵際で歯を食いしばって残し、最後は左からの首投げで逆転勝ちでした。

 私は熱海富士のファンでもあるので、二人を応援しましたが、素晴らしい勝負でしたね。ウクライナからは辛いニュースばかり届く中で、久々に嬉しい出来事でした。

(付記)1月30日付報道によると、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアがトランプ米大統領の要請を受け入れて一部攻撃を停止、29日から30日にかけてウクライナのエネルギー関連施設への攻撃はほぼ行われていないことを明らかにしました。      (有道)


2026/01/25

戦火を逃れて(2)

  ソスペーゾ多摩の食料支援は子供が最優先、次いで生活に苦労する学生たち、いわゆる「苦学生」が対象です。いずれも、私たちの後を継いで将来を担っていく世代です。

支援する学生たちの中には外国人留学生も含まれます。このほど、私たちが毎週、食料を届ける多摩市内の外国人日本語学校「Tokyo Sakura International School」を訪ね、ウクライナ出身の学生にお会いしました。

 ウクライナの首都キーウ(kyiv)出身のアリサさん。一人で来日し東京で日本語を学んでいます。以下はアリサさんの話です。

 

 私はウクライナで、8歳の時から子役俳優としてテレビや映画に数多く出演していました。将来は海外でも活躍する女優を目指していたのですが、2022年にロシアがウクライナに侵攻して私の人生は一変しました。ロシアの戦車が次々と国境を越えて来て、砲撃を繰り返し、ミサイルやドローンの無人機が街を爆撃、ウクライナ全土が戦場となったのです。

 キーウも危険な状態になったので、家族で相談、父親をウクライナに残して母親と私が国外に脱出することになりました。できるだけ遠い避難先としてアジア地域を選び、インドネシアにしばらく滞在しました。

 しかし、戦争は一向に終わる気配がないので、本国への帰国は当面難しいと判断。私は将来のことを考え、仕事が見つかりそうな日本に来ようと決めました。ネットで日本語学校を探し、いくつかの学校に直接入学を問い合わせ、この学校が受け入れてくれたのです。

 「ポケモン」「NARUTO=ナルト」など日本のアニメを観て育ったので、小さいころから日本は憧れの国だったんです。大好きな日本でテレビや映画の仕事がしたいなと思っています。英語とロシア語は自由に使えますが、日本語も一生懸命勉強しています。今ではかなり上達し日常会話はほぼ不自由なく話せるようになりました。もっと上手になりたいです。

 アルバイトをしていますが、学費やアパート代の負担も大きく、毎日ぎりぎりの生活です。外国人学生にフードバンクから支援があるとは思ってもいませんでした。日本は野菜や果物がウクライナより高いので、とても助かっています。ありがとうございます。

 今は、父がウクライナ、母はインドネシア、私は日本に住み、家族バラバラの生活が辛いです。

 親類の男性3人が前線で戦っています。今も戦場で大勢の兵士が殺され、爆撃で一般市民や子どもたちも亡くなっています。ウクライナの美しい街が次々と破壊されて行く状況がSNSや友達から伝えられて来ます。

 涙が止まりません。毎朝晩、ウクライナの人たちの無事と、戦争が早く終わるよう願って、お祈りをしています。

(次回に続く)

 

 アリサさんには、フードバンクから支援を受ける外国人留学生の様子を知りたくてお話を聴きました。最初は日本のアニメ、日本での学生生活や将来の夢について語っていたのですが、やはり話題は戦争のことに。故国の惨状を語るアリサさんの表情は暗く沈んでいました。    (有道) 


2026/01/18

寒さ吹き飛ばせ

  年が改まってすぐにソスペーゾ多摩の活動は始まりましたが、1月9日(金)と16日(金)は全員そろっての作業でした。早朝から、各ボランティアが寒さを吹き飛ばすかのように、元気な顔を見せました。今年も皆さん、やる気満々で、とても嬉しい気持ちになります。

 私たちが隔週食料を届ける多摩市の子ども食堂「ほくの家」(祥鶴)で、支援を受ける皆さんからの感謝メッセージが届いています。

 昨年12月26日付ですが、私たちの手元に届いたのは年明けで、ちょっと遅くなりましたが、素晴らしいメッセージなので掲載します。昨年末に少し時間を巻き戻して読んでください。 (順不同、原文のママ、お名前はアルファベット頭文字)

ありがとう。(幼児の大きなひらがな文字。お供え餅の絵も)

・一年間ありがとうございました。(O

・お正月を迎えられることに感謝です。今年もたくさんの食べ物をありがとうございました。

・ありがとうございました いつも対応してくださり感謝です。

1年間沢山の支援ありがとうございました! おせちとても嬉しいです。素敵なお正月になりそうです。!(^^)! (I

・今年もありがとうございました。(Y

・いつもありがとうございます。皆さま健康第一で頑張っていけたらと思います‥。K

・今年も1年間お世話になりました。本当に感謝しています。

・今年1年沢山の食材等ありがとうございました。身体の調子が思うようにいかないためフードバンクたすかりました。(K)

・1年間本当に支えて頂き感謝するばかりです☆☆

・今年も1年間ありがとうございました。とてもうれしいです。 (O)

・1年間大変お世話になりました。あたたかく、そして豪華なご支援によりがんばることができました。よいお年をお迎えください!!

・1年間ありがとうございました。大変お世話になり、健康で年を越せます。良いお年をお迎えください。(Y)

・今年最後におせちをありがとうございました。(S)

・今年も1年沢山の食材等ありがとうございました。良い年をお迎えください。また来年もお願いします。(A)

・いつもありがとうございます。来年もよろしくお願い致します。(F)

・今年も1年間大変お世話になりました。感謝、感謝です。(S)

・1年間ありがとうございます。来年もよろしくお願いします。(O

・今年も1年ありがとうございました。(Y)

どうぞ良いお年をお迎えください。(S)    (有道)



2026/01/11

戦火を逃れて

  大相撲初場所が始まりました。松の内が明けて間もなく、両国の街に「テン、テン、テン、テンテコトン」と響き渡る初場所開催の「触れ太鼓」は、新春おなじみの風景です。

 今場所、注目の的は何といっても新大関の安青錦でしょう。2023年秋に初土俵を踏んで、わずか2年余りで大関に駆け上った21歳。ウクライナ出身という物珍しさもあって、十両のころから「気になる力士」でしたが、驚異的なスピード出世だけではなく、その相撲の取り口に魅力を感じるのは、私だけではないと思います。低い姿勢から切れ味鋭い技を繰り出して強豪力士を倒す相撲は、目を見張るものがあります。

 昨年秋場所12日目に横綱豊青龍を「切り返し」で仰向けに倒した一番。九州場所千秋楽で、大関琴櫻を「内無双」で一瞬にして土俵に這わせた一番は、館内を沸かせました。

 いつからか大相撲は巨体にモノ言わせて突き押しで勝負が決する「大型力士全盛」の時代。かつての舞の海、現役の宇良など見事な技を見せる小兵力士はいつも人気ですが、なかなか横綱、大関まで上がることができません。安青錦は身長182センチと現在の相撲界では決して大きくはない体格ですが、この人の強さが本物になれば、多彩な技で大きな相手を倒す相撲本来の魅力が復活するのではないか、と期待されています。

アマチュアレスリングで鍛えた強い筋肉が違うのか、または現役時代に「技巧派」で知られた師匠の安治川親方(元安美錦)の指導によるものなのか。知り合いの相撲記者は「天性の相撲勘の良さ」と指摘しています。

 加えて、この力士に驚かされるのは、角界に入って2年余にすぎないのに、大相撲独特の伝統文化、決まり事、所作を理解しようと努め、順応力も高いことです。「素直な性格」(同記者)との指摘もあります。日本語の上達も早く、来日後、神戸の日本語学校で日本語を学びながら夜に相撲の稽古を続けたそうです。

 昨年末に亡くなった元横綱審議委員の内館牧子さんが、2005年初場所千秋楽、44本の懸賞金の束を、左手でひょいとつまむように受け取った横綱朝青龍に対し「酔っ払いがお土産の寿司折を持ち帰るようなものでは困る」と厳しく批判したのは有名な話。大相撲の力士、特に横綱は品格が求められます。ふつうの外国人力士には、なかなか理解が難しいですね。

 安青錦(本名ヤブグシシン・ダニーロ)を語る時、今も戦禍に苦しむ故郷ウクライナについて触れざるを得ないでしょう。彼はインタビューでも戦争について一切話さず、メディア側もウクライナのことを聴かないように気を利かしているようです。ロシアがウクライナに侵攻したのは2022年2月、彼が戦火を逃れスーツケース一つで日本にやってきたのが同年4月、その相撲人生は、そのままウクライナ戦争が続く4年間と重なります。

 相撲以外のことは多くを語らない安青錦ですが、家族や友人が終わりの見えない不安の中で過ごしていることを片時も忘れていないはずです。本人から話を聞く機会はありませんが、「戦火から遠く離れた平和な日本で、自分は大好きな相撲ができる幸運な環境にある。だからどうしても強くなりたい」と、心の内に秘めたものがあるのかもしれません。平和ボケした日本の若者の多くは理解できないでしょう。

 昨年11月には、巡業の途中で長崎の平和公園を豊青龍らと訪れ、「平和は一番大切。世界中が平和になったらいいなと感じます」との発言を残しています。

 安青錦が角界を背負う看板力士になれるのか。まだ未知数の部分が多く、簡単ではないでしょう。大相撲の世界はそんなに甘くはありません。これからは周囲の期待もさらに高まり、21歳の若者には大きな重圧となってきます。

 ライバル力士たちも闘志を燃やしているはずです。挫折もありますが、とにかく初心を忘れずに怪我と不祥事に気をつけてほしい。一人の相撲ファンとして今後を楽しみにしています。

 新年早々、大相撲の話題になりましたが、実はフードバンクのソスペーゾ多摩とウクライナは、微妙なところでつながっています。それはいずれ、また詳しく。     (有道)


2026/01/04

「謹賀新年」 2026年

 明けましておめでとうございます。

 元日に近くの神社へ初詣に出掛け、私ども家族、そして皆様のご健康とご多幸を祈願して参りました。

 今年の正月三が日は、地震などの災害も起きず、まずは穏やかな新年を迎えることができたようです。

 昨今は、気候変動による異常気象の中、2019年に新型コロナ禍発生、2022年にロシアによるウクライナ侵攻が起きて以来、世の中、歯車が狂ったような不安定な生活が続いています。

 何かと不安の多い毎日ですが、未来を担う子供だちに希望を託し、皆で力を合わせて逆境を乗り越えて行きましょう。

 今年こそ、皆さんが少しでも楽しく、幸せを感じる1年であってほしいですね。私たちフードバンクのソスペーゾ多摩もできる限りの支援活動を続けて行きたいと思います。

 本年もよろしくお願い申し上げます。

2026年1月4日  ソスペーゾ多摩一同


2025/12/28

「ゆく年くる年」

  この1年の世相を表す「今年の漢字」は「熊」が選ばれました。

 私たちフードバンク関係者や子育てに追われる親たちの中には、「やっぱり『米』か『高』じゃないの」と言う人もいます。「米の価格高騰」「物価高」に苦しんだ1年でした。それでも「熊」が選ばれたのは、各地で相次いだ熊被害が、いかに日本社会に衝撃を与えたか、ということでしょう。

 今年も残すところ、あと僅か。「年越し」はどう過ごしますか。

 「年越しそば」「神社へ初詣」「まだ仕事中」「飲んで歌って食べて騒ぐ」「友達とチャット」「オンラインゲーム」「テレビを観る」「一人で酒を飲む」「寝ている」。人さまざまです。

 私は、といえば、「除夜の鐘を聞きながら」ということになりそうです。除夜の鐘を108回撞くのは「108の煩悩を払い清めるため」と言われます。人間は「欲の塊(かたまり)」とはよく言いますが、煩悩は108種類もあるんですね。仏教の世界は奥が深いです。

 もはや「枯れ枯れ」の私には、煩悩などほとんど残っていませんから、除夜の鐘も二つ三つ聞くだけで十分、さっさと寝てしまえばいいのですが、大晦日はテレビでNHKの「ゆく年くる年」を観ます。

 午後11時45分、「紅白歌合戦」が「蛍の光」とともに終了すると、TV画面が瞬時に「ゆく年くる年」へと切り替わります。静寂に包まれた古刹の境内、「ゴ~ン」と重々しく鳴り響く除夜の鐘、 僧侶の読経の声、灯篭に灯がともり 雪の参道を踏む参拝客の足音……

続いて北から南まで日本各地の寺社仏閣、または教会の年越し風景がリレー中継されます。時計の針が午前零時を過ぎると、今度は照明も明るく、東京の浅草寺など参拝客で賑わう初詣風景に。そこで男女のアナウンサーが「新年明けましておめでとうございます」と元気よくあいさつ、新年が始まる、という流れです。誰が考え出したのか、見事な演出だなと思います。

 紅白の華やかなステージから一転、荘厳な日本の伝統の世界に身を置くことで、居住まいを正して1年を振り返り、新たな年の幸せを願うということでしょう。日本ならではの年越し風景です。そもそも海外の年越しは、教会の鐘が打ちなされ、威勢よく花火を打ち上げる賑やかな「カウントダウン文化」ですからね。

 「ゆく年くる年」は1955年放送開始と言いますから、かれこれ70年間、変わることなく、この風景が続いてきたことになります。世の中、「変えるもの」と「変えてはいけないもの」がありますが、「繰り返し」もまた大事なものです。

 この1年、災害や、自らの、または家族の病などに見舞われながらも、なんとか困難を乗り越え、家族一緒に無事、新年を迎えることができた。そこに私たちは安寧を感じる、ということでしょうか。

 ソスペーゾ多摩のボランティア活動は12月30日で終了、新年は1月6日から始まります。この1年、私たちの活動を支えてくれた皆々様に深く感謝申し上げます。良い年をお迎えください。        (有道)