2026/08/30

地球が逆襲する日

  「もう秋かな・・・」。先日、自宅近くの川辺を歩いていて、トンボの群れを見ました。夜は、どこからか虫の音が聞こえています。

 厳しい残暑がまだ続くと覚悟していただけに、少しでも秋の気配を感じるとホッとします。地球の地軸(自転軸)は23・5度傾いています。これは永遠に変わらないので、中緯度帯に暮らす私たちには四季があるはずですが、近年は温暖化による異常気象のせいで「狂い」が生じています。

 「今年の夏は昨年より涼しかった」と言う人がいるので、気象庁のデータを調べてみました。それによると、涼しく感じたのは8月中旬、関東を中心に暑さが少し和らいだ時があったからで、全国的には強烈な暑さが続きました。初めて5日連続の「酷暑日」(気温40℃以上)を記録したところも。気象庁の専門家は、この暑さについて「いくつかの大気の流れと地球温暖化が要因」と分析しています。

 5月から沖縄、九州北部、北陸、新潟、千葉、東北、北海道東部で「線状降水帯」が相次いで発生、局地的豪雨による大きな被害が出ました。毎日、日本のどこかで大雨による浸水被害が出ている感じです。

 世界でも、大雨や大規模水害、記録的高温、干ばつ少雨、山火事が相次ぎ、特にアジア地域や南米で深刻な被害が報告されています。まるで、人間がいじめ続けて来た地球という天体が、牙をむいて人間に逆襲しているかのようです。

 8月26日には、ネパールとチベット自治区の境界付近で大規模な土石流が発生。報道によると、死者690人以上(ネパール当局)、中国側死者7人(中国政府発表)、行方不明約3、000人(日本人ツアー客5人含む)=いずれも8月29日現在=という大惨事になりました。

 最初は「洪水」との報道もありましたが、これは間違いなく「鉄砲水」です。巨大な土石流が猛スピードで谷を駆け下りて道路、橋や建物を次々と飲み込み、周辺の村をあっという間に破壊。人々が逃げ惑う映像はSNSなどで瞬く間に拡散され、世界に衝撃を与えました。

 ネパール側現場はランタン国立公園に近いため、被災者には外国人観光客や巡礼者も含まれ、捜索が進むにつれ、犠牲者がさらに増える恐れがあります。

 原因は専門家の調査を待つ必要がありますが、衛星画像による分析で、氷河に覆われた山岳斜面が大規模崩壊を起こし、大量の氷や岩が谷を流れ下ったのではないか、とみられています。土石流の平均速度は秒速50メートル。新幹線並みの速度といいますから、巨大な自然のエネルギーの恐ろしさを感じます。

 今回の事故で、すぐに想い出したのが1963年10月9日、イタリアンアルプスで起きた鉄砲水事故。上流の発電所ダム周辺の斜面が崩れ落ちて湖に流れ込み、溢れた水が土石流となって谷を下り、麓のロンガローネ村をあっという間に吹き飛ばし、2000人を超える人々が犠牲となりました。

 この事故のことは、あるイタリア人の青年から私が直接聞いたので、詳しく憶えているのです。事故当時、小学生だった彼は、当日たまたま別の村へ遊びに行って難を逃れましたが、自宅にいた両親、祖父母、兄弟姉妹をすべて失い「孤独の身になった」と話してくれました。土石流事故は本当に恐ろしいものです。

 ロンガローネ事故はダム工事のミスと指摘されていますが、今回のネパール事故は、氷河の崩壊が引き金となった可能性が指摘されています。「地球温暖化」による「災害」が、ついにこのような形で起きたということです。

 大きく報道されていませんが、氷河がある南米ペルー、チリ、欧州アルプスでも近年、小さな氷河の崩落事故、土砂崩れ事故がかなり起きているようです。気温の上昇で氷河は世界中で溶け始めており、今回のネパールのような事故は「起こるべくして起きた」と言えます。

 「地球温暖化」の問題はすぐに解決できるものではなく、次の世代に「負の遺産」として引き継がれます。私たちフードバンク団体は、将来を背負う子どもたちを食料支援という形で見守っています。この子どもたちに「地球温暖化」がもたらす自然災害の怖さを、きちんと教えていくことが必要だと、改めて思いました。

 ソスペーゾ多摩が支援する日本語学校では、ネパールの学生多数が学んでいます。今回の大惨事にお見舞い申し上げます。    (有道) 

📸 土石流に襲われ、泥とがれきに覆われた家々 

📸 事故現場に近いランタン国立公園付近の山々 

2学期始まる

  都内の学校では2学期がスタート。始業式の朝、ランドセルを背に連れだって登校する子どもたちの姿を目にしました。

 今夏も、酷暑と豪雨、竜巻、地震といった自然災害が各地で相次ぎ。落ち着かないというか、思い切り楽しめない夏休みだったような気がします。「それでも、子どもたちは元気いっぱいの笑顔で学校に戻って来ましたよ」。知り合いの小学校の先生からの報告です。

 私たちが食を支援する子どもたちは、どのような夏休みを過ごしたのでしょうか。

 ソスペーゾ多摩が毎週欠かさず食料を配っている多摩市聖ヶ丘の「ほくの家」。ここの子どもたち、お母さん方から夏休み中に届いた「感謝のメッセージ」(8月8日付)を紹介します。(原文のママ、名前はイニシャル)      

・ありがとう。だいすきだよ。(子どもの大きな、ひらがな文字)

・夏休み、お野菜やお菓子などいつも感謝しています!ありがとうございます ♡(H

・たくさんの食材ありがとうございます。光熱費など他に出費かさむので、お野菜等とても助かっています(K

・とても嬉しいです。暑さ乗り切るゾ!!

・いつも助かっています。心がホッとします(H

・ありがとう(たどたどしく書かれたひらがな文字)

・ありがとうございます。久しぶりですが、めっちゃ助かります(I

・いつも暑い中、準備などありがとうございます。

・いろいろな食品ありがとうございます(S

・いつも、とっても楽しみです(I

・新鮮なお野菜、お菓子などいつも感謝しています!ありがとうございます♡(H

・いつもありがとうございます。とても助かっています。

・いつも本当にありがとうございます(S

・今日もたくさんで助かります☆

・いつもありがとうございます。大切にいただきます。(I

・いつも楽しみです(S)     (有道)                                                            

  📸 子どもたちとお母さんから届いた感謝の寄せ書き

2026/08/09

今また「二十四の瞳」を観る

   猛暑の中、今年もお盆の季節がやって来ます。

 「広島、長崎の原爆の日」「終戦の日」と続く日本の8月。戦争と平和のことを思う時ですが、私には忘れられない1本の古い映画があります。

 日本の映画史上、不朽の名作と言われる「二十四の瞳」(1954年、木下恵介監督・脚本)(注1)。瀬戸内海の小豆島を舞台に、激動の時代を生きた若い女性の先生と生徒の触れ合いを描いた作品です。

 幼いころ、私は母親に連れられて町の映画館で、リバイバル上映を観た記憶があります。小豆島の珍しい風景を断片的に憶えていただけでしたが、大人になって改めて観る機会があり、「反戦映画」としてのこの映画のすごさを初めて知りました。

 映画でもリメイクされ、何度もテレビドラマ化されているので、中年以上の世代なら一度は観たことがあるはずです。

 ストーリーは、昭和3年(1928年)、瀬戸内海の小豆島の岬の分教場に新任の若い女性教師「大石先生」が着任するところから始まります。児童12人のクラスの担任に。当初は田舎の古い慣習に苦労しながら、貧困の中でも純粋さを失わない子どもたち(注2)と交流を深めて行きます。

 のどかな田舎の学校にも時代の波が押し寄せ、先生は軍国主義の大きな圧力(戦争)から子どもたちの命と将来を守ろうと抵抗しますが、その後、教え子は戦地に駆り出されて戦死、先生の夫も戦死、末娘も病気で亡くします。昭和の戦争の時代に悲哀を背負って生きた女性を高峰秀子が見事に演じています。

 映像が美しく、物語の構成が素晴らしい。白黒の銀幕の中での高峰秀子の美しさ、目を奪われます。

 この作品のテーマは、先生と生徒の「師弟愛」でもありますが、私には「時代の流れに翻弄される人の運命」「どうしようもできない人間社会の不条理」の方に強く心を動かされました。

 昭和3年から21年まで18年間の物語。戦闘場面はひとつもないのに戦争の怖さ、悲しさを徹底して描いています。封切り当時は、戦争を生き抜いた戦中派の人がまだ多く建在だったので、「涙なしではみられない映画」と言われたようです。戦争体験者でなくても、日本人なら、この映画を観て涙を流さない人はいないでしょう。

 現代の若い人がこの映画を観て何を思うのでしょうか。

 98年前の日本の話。映画の中に見る風景や時代状況、人々の価値観があまりにも今の時代とかけ離れていて、恐らく「歴史物語」か「遠い異国の世界の物語」にしか見えないかもしれません。私たち昭和の世代には明治時代を「教科書で知る歴史」と考えるように、今の若い平成、令和の世代には、昭和が私たちの明治と同じく「教科書で知るだけの歴史」という人が増えているそうです。

 風景や時代背景が今とは全く異なっていても、この映画が訴える「いかなる時代も変わらない人間社会の不条理と人間の尊さ」は、現代にも通じるものがあるように思います。「日常の生活が突然、時代の運命に奪われる」という怖さです。

 現代はモノにあふれ、繁栄しているかのように見えながら、世界各地で終わりなき戦争、国内でも貧富の格差拡大、教育格差の拡大、個人の尊厳が無視される殺伐とした社会です。

 今、改めて「二十四の瞳」を観るのも良いかもしれません。   (有道)

(注1)原作は壷井栄の同名のロングセラー小説

(注2)演技経験のない素人の子どもを全国で公募、
   12組24人の子どもたちが演じた
 

📸 封切り時のポスター、時代を感じる 

📸 「大石先生」と12人の子どもたち

夏の夜を彩る花火

 日本の「夏の風物詩」と言えば、何といっても「花火」でしょう。

 盛夏の8月、「ドドーン、ドーン」と大きな音を響かせ、華やかな大輪の花を夜空に咲かせる打ち上げ花火。各地で開催される花火大会は人々を魅了します。

 花火大会もいいけど、自宅の庭先で楽しむ花火(注1)も楽しい。シューッ、パチパチと燃える音。暗闇の中にまぶしく輝く光。モクモクと上がる煙の臭い。花火は幼いころの遠い記憶を呼び起こしてくれます。

 夏になると雑貨店やスーパーなどの店先に花火セットが並びます。子どもが花火が大好きなのは今も昔も同じ。定番の「手持ち花火」に始まって「噴水型」、「打ち上げ(ロケット花火)」など様々あります。私が子どもころは、地面を激しく回転して走り回る「ネズミ花火」、火をつけると黒い灰がヘビのようにニョロニョロと伸びていく「スネーク花火」が人気でしたね。最近はあまり見掛けませんが、もうつくっていないのかな。

 私が好きなのは「線香花火」。時代は変わっても形を変えることなく、多くの人をひきつけ、根強い人気があります。火をつけると、小さな火の玉がふくらんで、火花が勢いよく飛び散ったかと思うと、小さく細い光が飛び散り、最後に赤い球がぽとりと落ちて消える‥‥

 「あーあ、終わった」。わずか数十秒という短い時間。一瞬に輝いた美しさの後に、静寂と消滅を迎えるので、線香花火を「人生のはかなさ」に例えることも多いようです。皆が皆、線香花火で「人生のはかなさ」を感じるわけではありません。ただ、私が子どものころも、線香花火は最後にやるものと何となく決まっていて、線香花火が燃えるのを見て誰もが黙ってしまうのを憶えています。こども心に何かしらの「寂しさ」を感じたのでしょうか。

 線香花火は江戸時代前期に子どもの「玩具」としてつくられたそうです。稲わらなどの先に火薬をつけて香炉などに立てて遊んだといいます。その姿が仏壇の線香に似ているので「線香花火」の名前がついたとか。ただの「おもちゃ」でしかなかったものが、庶民の間で広く親しまれるうちに、その「燃え方」を見て大人が「人生のはかなさ」と形容したのでしょう。

 「人生のはかなさ」は「この世はすべて移ろい変化し、永遠にとどまることはない」という仏教の「諸行無常」の真理ともつながります。花火には、先祖の霊を導くお盆の「迎え火」や「送り火」と重なるものがあるのでしょうか。

 ずっと前のことですが、日本に住むアジア、欧州からの外国人との間で「線香花火(Senkouhanabi )って知っている?」と話題になったことがあります。外国には、もちろん「線香花火」なるものは存在しないし、「花火を見て『はかなさ』を感じるのは日本人だけ。でも、そういうとらえ方は理解できる」と答えたフランス人女性は、異文化が分かる人でした。

 私たちフードバンクが支援する子どもたちは今、夏休みの真っ最中。もちろん、「人生のはかなさ」など、今から感じるのは早すぎです。線香花火よりも、派手な花火を元気よく打ち上げ、真夏の夜を思いっきり楽しんでくださいね。   (有道)

(注1)外国ではフェスティバルや記念日に打ち上げる豪快な花火が主流。日本のように公園や家庭で手持ち花火を楽しむ文化はほとんどない。もともと火薬類に対する取り締まりが厳しく、花火は安全上の理由から「違法」「許可制」とする国も多い。日本も「防火」「騒音」などの理由で、最近は家庭花火も場所が制限されるところが増えている。

📸 火花を散らす線香花火 

2026/08/02

夏休みのお知らせ

  ソスペーゾ多摩は、8月13日(木)~8月17日(月)まで夏休みです。

  この間、集荷、配布とも活動はお休みします。  

 小・中学校が夏休みで給食がなく、子どもたちは私たちが届ける食料を待っているかと思いますが、この期間は青果市場も休みなので、いつもの野菜や果物も入荷しません。配布先の一部施設や学校も休みに入ります。

 酷暑の毎日が続いていますが、皆さんも暑さ対策に気をつけ、元気でこの夏を乗り切ってください。   (有道) 

📸 日本の夏は花火大会

熊本地震 お見舞い申し上げます

  2026年7月28日、熊本県を震源とする大きな地震(M7.1)が発生しました。被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

 この地震で命を落とした方々のご冥福をお祈りし、ご遺族の皆様には謹んでお悔やみ申し上げます。

 時間が経つにつれ被害の深刻な状況が明らかになっています。余震が続く中、酷暑やインフラ寸断により、今も不自由な避難生活を続ける現地の方々のご心労をお察しします。10年前の地震の復興もまだ完全に終わらない中で再び大地震。「私が生きている間はもうないと思っていたのに」。TVインタビューに答える年配女性の言葉に心が痛みます。

 酷暑の中、被災者の救援・復旧に尽力されている方々に敬意を表するとともに、被害がこれ以上、拡大することなく被災地の安全が回復し、1日も早く元の生活に戻ることを願っています。

 少しでも支援できれば、と思い、都心に出掛けた際に銀座にある熊本県アンテナショップに立ち寄りましたが、店の前は長蛇の列。皆さん、考えることは同じ、遠く離れていても「少しでもお役に立ちたい」という気持ちなのでしょう。

 ソスペーゾ多摩が食料支援する外国人日本語学校の校長から「生徒たちがすごく心配している」とのメールがありました。

 報道によると、発生直後から、世界80か国・地域、国連など2機関からお見舞いのメッセージが届いたそうです。イタリアのメローニ首相はX(ツイッター)に「日本国民に深い連帯を寄せている」。フランスのマクロン大統領もSNSで「日本を襲った困難に際し、フランスは日本国民に深い連帯の意を表します」。

 このほかウクライナのゼレンスキー大統領、台湾の頼清徳総統、韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領らからもメッセージが届いたということです。

 気候変動による異常気象など世界各地で自然災害が頻発しています。世界の人々は今回の熊本大地震を他人事ではなく、強い関心を持って見守っているのだと思います。(有道) 

📸 地震発生を伝える新聞各紙  

📸 気象庁発表の震度地図 

2026/07/26

まだまだ続く酷暑の夏

  「猛烈な」というか、「強烈な」暑さが続いています。

 気象庁は今年4月、「酷暑日」(40以上)を正式な予報用語として採用しました。「酷暑日」は、もともと通称として使われていた言葉ですが、近年の記録的な暑さを受けて、最高レベルの暑さを記録する表現として定めたわけです。

 参考までに、気象庁が天気予報で使う暑さの呼び名は次の通りです。

〈夏日〉最高気温が25以上
〈真夏日〉最高気温が30以上
〈猛暑日〉最高気温が35以上
〈酷暑日〉最高気温が40以上
〈熱帯夜〉夜間の最低気温が25以上

  気象庁は、この「40以上の新呼称」を決める前にアンケート(注1)を実施、その中で断トツの1位となった「酷暑日」を選んだということです。

 来年以降も、さらに気温の上昇が予想される中で、「酷暑日」以上に気温がさらに高くなった時はどうするのだろうか。今から心配になりますね。でも問題ないでしょう。今回のアンケートでは他にも多数のアイデアが寄せられています。

 気象庁の発表によると、2位以下で回答数が多かったのは「超猛暑日」「極暑日」「炎暑日」「烈暑日」「激暑日」「厳暑日」「熱暑日」など。そのほかユニークな回答もありました。「劇アツ日」「危険猛暑日」「自宅待機日」「極猛暑日」「サウナ日」「鬼暑日」「沸騰日」など。

 私は、「熱暑日」または「炎暑日」がいいかな、と思います。若い人は「超(チョー)暑日」かなあ。皆さんはどうですか。

 この「酷暑日」、7月から気象庁の発表やお天気ニュースなどで早速登場しています。先週末も東海から中国、四国にかけて「命にかかわる」ような危険な暑さとなり、国内では4日連続で40を超える「酷暑日」を記録したと伝えられます。

  tenki.jpによると、2025年7月30日~8月2日、2013年8月10日~13日が最高記録に並ぶ連日の酷暑とのことです。酷暑はこれにとどまらず、7月下旬から8月初めにかけても続くとの予報が出ています。昨夏もかつてない酷暑に苦しみましたが、今年はそれを超えそうな気配です。加えて、8月には豪雨被害、台風の到来が心配されます。

 各種報道でご承知のように、今年は欧州でも異常高温が深刻のようです。ライン川の水位が低下、フランスでは6月下旬の熱波で最高気温40前後を各地で記録。自然保護意識が強く温室効果ガス排出するとしてエアコン普及率が低いフランスですが、今年はエアコンを購入する人が電気店に殺到していると伝えられています。

 私たちソスペーゾ多摩も連日、酷暑の中での活動です。フードバンク活動の大敵は雨と暑さ。冬の寒さはほとんど苦になりませんが、屋外の仕事が多いので、夏の厳しい暑さで体力を消耗します。

 暑さ対策は各個人の常識に任せていますが、それでも、熱中症には最大限注意し水分は十分に取る暑さに対応した服装無理をせず、きちんと休憩をとる、などを申し合わせています。今のところ、特段の被害は出ていません。   (有道)

 (注1)気象庁が2026年2月から3月にかけ実施。478,296件の回答があり、「酷暑日」が20万2,954票を獲得した。