2026/03/08

いい日旅立ち

  輝く春!若者たちが入学、就職で新しい人生へのスタートを切る希望の季節です。
彼らの晴れやかな顔を見るのは、気持ちがいいですね。

 この時期、家電量販店などはこぞって「新生活応援キャンぺーン」を展開。自宅近くの大型家具店に行くと、「新生活スタート2点セット洗濯機4.5kg+冷蔵庫88L 39,800円!」の商品が並んでいました。親元を離れて独り暮らしを始める若者たちの需要があるようです。

 かつて、就職や進学で都会へ出て来た人たちは、故郷をあとにした時のことを長く心に留めていることでしょう。今も歌い継がれる名曲「いい日旅立ち」(注1)が懐かしいです。(ちなみに、私は学校を出てすぐに地元で働き始めたので、新生活を始めたとの実感はなく、「新生活応援セール」とも縁がありませんでした。)

 確か、東北大震災が起きた翌年の2012年3月だったと思います。この時に観たTVドキュメンタリー番組の一場面が今でも忘れられません。場所は、福島かどこかの仮設住宅、または避難先アパートだったような気がします。「明日は就職先の東京へ向かいます」というナレーションとともに、母娘が旅行の支度をしているところでした。嬉しそうにスーツケースに荷物を詰める娘の傍らで、娘の白いブラウスに黙々とアイロンをかける母親。子供が巣立つ時の親の想いが、この母親の表情から伝わってきました。

 翌朝早く、このお嬢さんは東京行きの長距離バスで出発します。走り去るバスを涙ながらに手を振って見送る母親の姿が、今も強く印象に残っています。巣立って行く我が子を送り出す親の想いは、「幸せになってほしい」という期待と不安、そして寂しさが入り交じり、複雑なものです。

 この家族が震災でどのような被害に遭ったのか、詳しい状況は忘れてしまいましたが、今月11日で東北大震災発生から15年になります。この娘さんはその後、どうしているのかな、お母さんはまだ地元に残っているのか、と今でも思うことがあります。

 ソスペーゾ多摩が支援する家庭の子どもたちは、まだ小中学生が多いのですが、この子供たちもあと何年かすれば進学、就職し、新たな人生へ第一歩を踏み出すことでしょう。東京なので、親元を離れる子は多くはないでしょうが、「子供には幸せになってほしい」という願いはどこの親も一緒だと思います。

 昨今の社会状況を見る限り、私たち大人は「幸せな未来に向かって頑張りなさい」と自信を持って子供たちを送り出せるのか、疑問に思えてなりません。日本の経済状況、生活環境が今後どうなるのか、先行きの見通しがつかないからです。

 温室効果ガスによる異常気象、国家財政の膨大な債務超過(借金)といった大人世代からの「負の遺産」は、そっくり次の世代にツケとなって残されます。これからの子どもたちに「解決を任すから」と頼むより仕方がないのでしょうか。

 世界に目を転じてみれば、次々と戦争を起こし、「暴走機関車」のように突っ走る指導者たちが人々の生活を支配する時代です。この流れが日本にどう波及し、子どもたちの将来にどう影響するか、不安が募る一方です。

 フードバンクや子ども食堂関係者の間で、こうした問題を時間をかけて話すことはありません。皆さん、次々と起きる新たな事態に戸惑うばかりで、とても話し出す気にならないのでしょう。

 先日、欧州の知人から「(大国が力で支配する今の世界情勢に対し)欧州では絶望感と無力感が急速に広がっています」とのメールが届きました。

 歴史が逆戻りしないことを願うばかりです。      (有道)

(注1)「いい日旅立ち」 1978年に山口百恵が歌って大ヒット。もともとは国鉄(今のJR)のキャンペーンソング。結婚式や卒業式の祝いの席で歌われることが多いが、作詞作曲した谷村新司が「歌詞を見れば決して祝いの歌ではない」と言うように、さまざまな解釈がある。

2026/03/01

食の支援で国際交流

  このコラムで以前に、外国人日本語学校で学ぶウクライナ人学生の話を取り上げました。これを読んだ知人からのメールです。

 「外国人留学生への食料支援、素晴らしいことやっていますね。国際社会で日本の立ち位置が難しい現在、こうした草の根交流こそが一番求められているのではないでしょうか」と、励ましの言葉をもらいました。

 私たちソスペーゾ多摩は、多摩市内の外国人日本語学校2か所に食の支援を続けています。今回は、そのうちの東京さくらインターナショナルスクール(TSIS)を紹介しましょう。

 同校の留学生は139人(2026225日現在)。新学期を迎える4月以降は170人に増える予定で、学生の国籍はベトナム、ネパール、スリランカ、中国、ウズベキスタン、ウクライナの6か国。4月からはミャンマーの学生が加わるそうです。

 田代直己校長によると、学生はここで2年間みっちり日本語を学んだ後、日本の専門学校や大学に進学、卒業後は日本の企業への就職を目指しています。シンガポールなど他国、または本国へ戻って地元企業へ就職する学生もいますが、日本国内の企業、特にIT関連企業への就職希望が多いと聞きます。

 日本での留学、就職を目指す目的はもちろん、自らのキャリアアップですが、いずれ、少子高齢化の日本の将来を背負う貴重な人材となるかもしれません。

 彼らは私費留学生ですから、留学資金はそれぞれ自己負担、学費、生活費は親からの仕送り、または借金で賄っているとのことです。日本の農村や工場で働く技能実習生に比べると、恵まれているようには見えますが、日本での留学生活は決して楽ではないようです。

 学費とアパート代を払うと、親からの仕送りはほぼ消えてしまいます。日本では外国人留学生のアルバイトが月28時間と上限があるため、ほとんどの学生は食費を切り詰めて、ぎりぎりの生活。日本は食料品が自分の国よりも高いので、「ソスペーゾ多摩からの食料支援を本当に喜んでいます」と同校長。「日本の果物、特にりんごやみかんが甘くて美味しすぎると大人気です」と話しています。

 ソスペーゾ多摩は同校に毎週1回は必ず、野菜、果物のほかインスタントラーメンや菓子類などを届けています。先日、パンを届けた時は、授業を終えた学生たちが次々と押し寄せて大変な騒ぎとなりました。受け取ると、すぐに食べ始める学生もいて、校長が「立ち食いは日本ではダメ。家に帰ってから食べなさい」とマナー指導をしたほどです。

 田代校長によると、「他の外国人日本語学校でフードバンクから支援を受けている所は聞いたことがない。(ソスペーゾ多摩が支援する)多摩市内の2校だけではないでしょうか」。

 子供達だけでなくなぜ外国人留学生にまで、私たちは食料支援を続けるのでしょうか。

 私たちが配る食料は、量的に見ても、学生たちをすべて満足させるものではありません。それでも、フードバンクからの支援活動を知って、彼らが日本をさらに好きになってくれれば、国際交流としての価値は十分あると思います。

 昨今、日本ばかりか海外でも、外国人に対する反感、規制を求める動きが強まっています。近視眼的に外国人のネガティブな部分だけをとらえるのではなく、彼らと共存する道をもっと探るべきではないか、と考えています。    (有道)


2026/02/22

待望のお米届く

  ここ2週間余、ミラノ・コルティナ冬季五輪のTV中継を観戦、ウインタースポーツの醍醐味とイタリアンアルプスの美しい姿を楽しんでいます。

 日本勢の活躍に目を奪われている間に、東京では紅梅や白梅の花が咲き始め、早くも春の訪れを感じさせます。豪雪に見舞われた地方も3月に入れば雪解けが一気に進み、「北国の春」を迎えることでしょう。

 季節の風を感じつつ、私たちソスペーゾ多摩は活動を続けています。

 先日は、待望のお米の寄贈がありました。久しぶりの大量のお米。これまで何度か紹介している生活協同組合パルシステム東京です。ありがとうございました。

 同協同組合は昨年、お米の価格高騰の影響を受けて、お米の支援を断念、代わりにパンを2度にわたり寄贈してくれました。「ずっとお米を提供できず申し訳ない。今回、少し余裕ができたので、数量はまだ少ないけど何とかかき集めました」と多摩配送センターの増田勇さん。

 早速、各家庭に食料を配る中間支援団体に問い合わせたところ、「すぐにでもほしい。お米は皆が待っているわよ~」との返事。多摩市の同センターで急いでお米を受け取り、その足で配達すると、間もなく返信メールがあり、子供たちやお母さんたちが大喜びだったそうです。配達を手伝ったメンバーの一人は、子供の多いところと、少ない家庭で配布量を加減するなど、きめ細やかな配慮も見せてくれました。

 お米の価格が高騰した昨年春以来、私たちのお米配布はぐんと落ち込んでいます。我慢の毎日です。

 それでも、毎月欠かさず、一定量の精米を寄贈してくれる会社もあります。多摩市内でレジャー施設を経営するジョイパックレジャー株式会社。多摩市の米作農家から精米を買い上げ、無償で届けてくれます。

 同社の平山文太郎さんは「子供好きの林光男社長の方針で、お米の購入予算が増え、昨年暮れに精米の購入契約を更新、今年も提供を続けます」と約束してくれました。ありがたいです。    (有道)




2026/02/15

卵かけご飯

  この標題を見ただけで、思わず食べたくなる人もいるでしょう。

 炊きたての温かいご飯に、生卵と醤油を混ぜ合わせ、一気に口に運びます。卵の濃厚な味と醤油の塩味、ご飯の美味さが加わり、何とも言えない食感。たまらないですね。 「卵かけご飯」を食べると「日本人に生まれてよかったあ~」と、つくづく思います。

 シンプルかつ簡単、日本独自の伝統メニューと言っていいでしょう。日本では国民の8割が「卵かけご飯が好き」という統計結果を見たことがあります。最近では専用の醤油も売られ、トッピングも含めて様々な食べ方が紹介されています。

 海外では生卵を食べる習慣がないため、「卵かけご飯」を食べる人はほとんどいませんね。生卵独特の、あの「トロトロ感」が外国人には苦手なようです。でも最近は、観光客を中心に「日本でしか食べられない卵かけご飯」のファンが増えているとか。 行ったことはありませんが、東京には専門のレストランもあって「外国人客にも人気」と聞いています。

 この「卵かけご飯」、これからは、今までのように気軽に食べられないかもしれません。

 卵の価格高騰が止まらないのです。「JA全農たまご」によると、鶏卵価格2025年末から上昇傾向が強まり、2026年2月に入ると、東京地区のMサイズ鶏卵の卸売基準値が1キロ当たり310円を超えて、店頭では1パック300円~360円で売られ、2023年の「エッグショック」を上回る高値水準にあるとのことです。

 価格高騰は膠原病性鳥インフルエンザの流行による殺処分が相次ぎ産卵鶏の数がまだ回復しない、飼料やエネルギー価格の高騰で生産コストが増大、昨年夏の猛暑で鶏がストレスを受け産卵数が低下する「夏バテ」の影響など、国内外のいくつかの要因が背景にあるようです。

 今後、予防ワクチンなどの開発が進んだとしても、鳥インフルエンザが消滅するとは考えにくく、飼料価格も安定する見通しがないとすれば、卵の価格が元に戻るのは期待薄と見た方がよいでしょう。飼料価格の高騰は、前にウクライナ戦争問題を取り上げた時に何度か指摘しています。

 実は、私たちは以前に鶏卵を配布していたことがあります。ある生協団体から千葉産鶏卵を毎週欠かさず相当数寄贈いただき、子どもたちに届けていました。お母さん、子供達からめっちゃ喜ばれましたね。今考えると夢のような話です。

 それが停止したのは2023年、卵の値段がどんどん上がった第1次エッグショックの時です。生協団体から「鶏卵の生産が落ち込み、フードバンクに回すことができなくなった」ということでした。

 フードバンクにとって卵は野菜、果物と並ぶ生鮮食品。定番の目玉焼きに始まって、卵焼き、ゆで卵、オムライス、卵サンド、親子丼、かつ丼など卵料理はどれも子どもたちの大好物です。ハンバーグやチャーハンにも欠かせません。鶏卵の配布が途切れて本当にがっかりしました。

 その後、流通・食品業界に顔が広い仲間の一人が、鶏卵業者に卵の提供が可能かどうか問い合わせたところ、いずれも「生産者も四苦八苦で、余剰分を確保するどころでない。本当に申し訳ないが」と苦しい事情を伝えられました。

 鶏卵が私たちの配布食品リストに復活するのは、もう難しいでしょう。フードバンクとして子どもたちに申し訳なく思います。

 そもそも、鶏卵ばかりか、企業から寄贈を受ける食品の品目幅(特に主食系)が、かなり減っています。原材料価格の高騰により生産コストが上昇したことで、メーカーが生産管理を強化、余剰品が出なくなったと思われます。

 企業ばかりか、社会全体に余裕がなくなっているように感じます。モノばかりか、人の心も…。いずれ、フードバンクの活動も見直す時期が来るような気がしています。 (有道) 

📸写真撮影のために貴重な卵を使って「卵かけご飯」。この次、食べられるのはいつになることやら。

2026/02/08

戦火を逃れて(4)

   前回まで、私たちが食料支援を続けるウクライナ人学生の話を報告しました。

  ウクライナ・ロシア戦争は2022年2月24日に始まったので、間もなく5年目に入ります。1月末のニュース報道によると、戦争開始以来、ウクライナ側死傷者と行方不明者は約50万ー60万人(うち戦死者10万ー14万人)に達したということです。ロシア側の死傷者も120万人に上っています(いずれも米シンクタンク戦略国際問題研究所の推計)。夥しい数です。

 加えて、ウクライナ政府は「約2万人の子どもたちがロシアに連れ去られた」としてロシア側に帰還を求めています。

 ロシアと米国が接触するなど事態打開に向けた動きはニュースなどで何度か伝えられますが、双方の攻防は続いたまま、停戦が実現する気配は見えません。この戦争は「欧州の一部」になることを望むウクライナと、旧ソ連時代に近い形で「ロシアの一部」に引き戻そうとするロシア側が真っ向から対立しているため、双方に譲歩の余地はありません。

 「大ロシア主義」に取りつかれ、19世紀に逆戻りしたかのような武力による「領土拡大」を図るプーチン大統領。そして「自国第一主義」を掲げ、同じく「領土拡大」を訴えるトランプ米大統領。この二人が権力の座にある限り、ロシア・ウクライナ戦争の平和解決は難しいように思えます。

 この戦争が始まってから穀物、飼料価格の暴騰、原油価格の上昇などで世界経済は大きく混乱、遠く離れた日本に住む私たちの生活にも少なからず影響を与えています。と言っても、ミサイル攻撃に身を震わすウクライナの人々の苦しみとは、とても比較にならないでしょう。

 「世界の穀倉」とも称されるウクライナは、肥沃で豊かな大地に恵まれています。かつて、この地を訪ねた際、地平線まで果てしなく続く麦畑と、どこまでも広がる青空に息をのんだ記憶があります。

 第2次世界大戦で独ソ戦の主戦場となり、当時の人口の5人に1人、推定800万人以上が犠牲となった歴史を持つ国です。過去に何度も民族存亡の危機を乗り越えてきたウクライナの人々は、不屈の闘志を持って最後まで徹底抗戦する、と信じたい気持ちです。

 でも、「もう無理…」と言うアリサさんの弱音ともみえる発言には、返すべき言葉が見つかりませんでした。     (有道)

(付記) ここまで、外国人学生への支援を考えつつ、4回続けてウクライナ問題を取り上げてきました。 人とモノが国境を超えて移動する現代のグローバル化社会の下で、日本の日常生活、さらにはフードバンク活動までもが、いかに国際政治社会の影響を受けるものか、とつくづく思います。 これからも、さらに幅広い視点から、私たちの子供支援活動を見ていきたいと考えています。 



2026/02/01

戦火を逃れて(3)

  ウクライナ出身の学生アリサさんの話を続けます。

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 キーウの自宅近く、私もよく歩いた通りにもロシアのミサイルが着弾しました。警報が鳴るとシェルター(防空壕)に駆け込むのです。ドローン、ミサイルの音は独特で、言葉には言い表せない「不気味な音」(アリサさんは英語でuncomfortableと表現)です。この音を思い出すと、今も眠れません。日本でも、救急車のサイレンを聞くと、体が反応してしまいます。

 ロシアの侵攻によってウクライナで女優になるという自分の夢は絶たれました。大好きな日本でこれに代わる道を見つけたいです。考えてみると、ロシアのプーチンが大統領に就任したのは2000年5月のことです。私が生まれたのはこの頃ですから、自分の人生はずっとプーチンによって翻弄されています。

 ロシアには友人も多く、私自身モスクワに住んだこともあります。ロシアは決して嫌いな国ではありませんでした。ウクライナの人たちは何も悪いことをしていないのに、プーチンはなぜ私たちの国に攻め込んで来るのでしょうか。

 この戦争に負けて、ウクライナはロシアの属国になるのでしょうか。この先、私たちの運命はどうなるのか、ものすごく不安です。

 昨年暮れからロシアはウクライナのエネルギー関連施設を狙い、ミサイルやサイバー攻撃で破壊しています。キーウは毎日停電が続いています。電気と水、暖房が止まっています。ウクライナの冬は東京と比べものにならないくらい、めっちゃ寒いです。氷点下の寒さの中、皆が毛布にくるまって震えているのです。

 今、ウクライナの人たちは一日一日生き延びるだけの「サバイバル状態」です。停戦の見通しもなく、絶望的な気持ちになります。これまで頑張って来ましたが、とても耐えられません。「もう無理」と思うこともあります。

 アリサさんはウクライナが置かれた現在の厳しい状況を、時間をかけて説明してくれました。ミサイルやドローンが飛んでくる恐怖など、まさに体験した人でなければ分からないことです。

 話を聴きながら、国際社会が戦争終結に向けて具体的な成果を一向に挙げられない、もどかしさを感じました。

 話は少し変わりますが、前に、このコラム欄で取り上げた大相撲の新大関安青錦が初場所で見事優勝を果たしました。千秋楽の優勝決定戦で、熱海富士の怒涛の寄りを土俵際で歯を食いしばって残し、最後は左からの首投げで逆転勝ちでした。

 私は熱海富士のファンでもあるので、二人を応援しましたが、素晴らしい勝負でしたね。ウクライナからは辛いニュースばかり届く中で、久々に嬉しい出来事でした。

(付記)1月30日付報道によると、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアがトランプ米大統領の要請を受け入れて一部攻撃を停止、29日から30日にかけてウクライナのエネルギー関連施設への攻撃はほぼ行われていないことを明らかにしました。      (有道)


2026/01/25

戦火を逃れて(2)

  ソスペーゾ多摩の食料支援は子供が最優先、次いで生活に苦労する学生たち、いわゆる「苦学生」が対象です。いずれも、私たちの後を継いで将来を担っていく世代です。

支援する学生たちの中には外国人留学生も含まれます。このほど、私たちが毎週、食料を届ける多摩市内の外国人日本語学校「Tokyo Sakura International School」を訪ね、ウクライナ出身の学生にお会いしました。

 ウクライナの首都キーウ(kyiv)出身のアリサさん。一人で来日し東京で日本語を学んでいます。以下はアリサさんの話です。

 

 私はウクライナで、8歳の時から子役俳優としてテレビや映画に数多く出演していました。将来は海外でも活躍する女優を目指していたのですが、2022年にロシアがウクライナに侵攻して私の人生は一変しました。ロシアの戦車が次々と国境を越えて来て、砲撃を繰り返し、ミサイルやドローンの無人機が街を爆撃、ウクライナ全土が戦場となったのです。

 キーウも危険な状態になったので、家族で相談、父親をウクライナに残して母親と私が国外に脱出することになりました。できるだけ遠い避難先としてアジア地域を選び、インドネシアにしばらく滞在しました。

 しかし、戦争は一向に終わる気配がないので、本国への帰国は当面難しいと判断。私は将来のことを考え、仕事が見つかりそうな日本に来ようと決めました。ネットで日本語学校を探し、いくつかの学校に直接入学を問い合わせ、この学校が受け入れてくれたのです。

 「ポケモン」「NARUTO=ナルト」など日本のアニメを観て育ったので、小さいころから日本は憧れの国だったんです。大好きな日本でテレビや映画の仕事がしたいなと思っています。英語とロシア語は自由に使えますが、日本語も一生懸命勉強しています。今ではかなり上達し日常会話はほぼ不自由なく話せるようになりました。もっと上手になりたいです。

 アルバイトをしていますが、学費やアパート代の負担も大きく、毎日ぎりぎりの生活です。外国人学生にフードバンクから支援があるとは思ってもいませんでした。日本は野菜や果物がウクライナより高いので、とても助かっています。ありがとうございます。

 今は、父がウクライナ、母はインドネシア、私は日本に住み、家族バラバラの生活が辛いです。

 親類の男性3人が前線で戦っています。今も戦場で大勢の兵士が殺され、爆撃で一般市民や子どもたちも亡くなっています。ウクライナの美しい街が次々と破壊されて行く状況がSNSや友達から伝えられて来ます。

 涙が止まりません。毎朝晩、ウクライナの人たちの無事と、戦争が早く終わるよう願って、お祈りをしています。

(次回に続く)

 

 アリサさんには、フードバンクから支援を受ける外国人留学生の様子を知りたくてお話を聴きました。最初は日本のアニメ、日本での学生生活や将来の夢について語っていたのですが、やはり話題は戦争のことに。故国の惨状を語るアリサさんの表情は暗く沈んでいました。    (有道)