2026/01/25

戦火を逃れて(2)

  ソスペーゾ多摩の食料支援は子供が最優先、次いで生活に苦労する学生たち、いわゆる「苦学生」が対象です。いずれも、私たちの後を継いで将来を担っていく世代です。

支援する学生たちの中には外国人留学生も含まれます。このほど、私たちが毎週、食料を届ける多摩市内の外国人日本語学校「Tokyo Sakura International School」を訪ね、ウクライナ出身の学生にお会いしました。

 ウクライナの首都キーウ(kyiv)出身のアリサさん。一人で来日し東京で日本語を学んでいます。以下はアリサさんの話です。

 

 私はウクライナで、8歳の時から子役俳優としてテレビや映画に数多く出演していました。将来は海外でも活躍する女優を目指していたのですが、2022年にロシアがウクライナに侵攻して私の人生は一変しました。ロシアの戦車が次々と国境を越えて来て、砲撃を繰り返し、ミサイルやドローンの無人機が街を爆撃、ウクライナ全土が戦場となったのです。

 キーウも危険な状態になったので、家族で相談、父親をウクライナに残して母親と私が国外に脱出することになりました。できるだけ遠い避難先としてアジア地域を選び、インドネシアにしばらく滞在しました。

 しかし、戦争は一向に終わる気配がないので、本国への帰国は当面難しいと判断。私は将来のことを考え、仕事が見つかりそうな日本に来ようと決めました。ネットで日本語学校を探し、いくつかの学校に直接入学を問い合わせ、この学校が受け入れてくれたのです。

 「ポケモン」「NARUTO=ナルト」など日本のアニメを観て育ったので、小さいころから日本は憧れの国だったんです。大好きな日本でテレビや映画の仕事がしたいなと思っています。英語とロシア語は自由に使えますが、日本語も一生懸命勉強しています。今ではかなり上達し日常会話はほぼ不自由なく話せるようになりました。もっと上手になりたいです。

 アルバイトをしていますが、学費やアパート代の負担も大きく、毎日ぎりぎりの生活です。外国人学生にフードバンクから支援があるとは思ってもいませんでした。日本は野菜や果物がウクライナより高いので、とても助かっています。ありがとうございます。

 今は、父がウクライナ、母はインドネシア、私は日本に住み、家族バラバラの生活が辛いです。

 親類の男性3人が前線で戦っています。今も戦場で大勢の兵士が殺され、爆撃で一般市民や子どもたちも亡くなっています。ウクライナの美しい街が次々と破壊されて行く状況がSNSや友達から伝えられて来ます。

 涙が止まりません。毎朝晩、ウクライナの人たちの無事と、戦争が早く終わるよう願って、お祈りをしています。

(次回に続く)

 

 アリサさんには、フードバンクから支援を受ける外国人留学生の様子を知りたくてお話を聴きました。最初は日本のアニメ、日本での学生生活や将来の夢について語っていたのですが、やはり話題は戦争のことに。故国の惨状を語るアリサさんの表情は暗く沈んでいました。    (有道)