各地で熊の被害が止まりません。
北海道や東北、長野に住む親類、知人から私のところにも「大変なことになっています。」とのメールや便りが届きます。山間部ばかりか、市街地の公園、学校などにも出没するので「散歩もできない」「子どもが心配」「怖くて外出はすべて車」というのもよく分かります。
環境省によると、今年、全国の熊出没は2万792件、死者13人(4-9月、速報値)で過去最高を記録しました。都会に住んでいると、なかなか実感が沸きませんが、まさに異常事態です。
日本で今、誰もが恐れる「脅威」と言えば「地震」「大雨災害」「感染症」でしょうか。
熊の出没はこうした「脅威」とは違うかもしれませんが、「動物に襲われる」という恐ろしさは特別なものがあります。身近に共存してきた生き物に「人間が食われる」という恐怖です。スティーヴン・スピルバーグ監督の「ジョーズ」やアルフレッド・ヒッチコック監督の「鳥」など、生き物が人間を襲う「動物パニック映画」には名作が多いのです。
欧米では、人間の生活を脅かすオオカミが長く恐怖の対象でした。「赤ずきんちゃん」など童話にはオオカミがよく登場しますよね。
日本には熊を除くと、アフリカやアジア地域で見られるライオン、虎、象といった猛獣は生息せず、暴走する鹿や猪、マムシやハチに運悪く襲われる死亡事故が起きるぐらいです。だから、今年の熊被害の多発は、日本人には初めての「恐怖体験」なのかもしれません。
北海道の日本海沿い、苫前町の郷土資料館を訪ねたことがあります。玄関を入ってすぐ、牙をむいた巨大な羆〈ヒグマ)の剥製が待ち受け、「うわあーっ」と思わず後ずさりするほどです。「渓谷の次郎」と呼ばれる伝説の巨大羆で、「昭和66年、同町三渓で捕獲、体重350kg、雄」とあります。
ここ苫前町は、大正4年(1915年)12月、三毛別(みけべつ)地区の開拓農家を羆が襲う「三毛別羆事件」が起きたところです。1頭の羆が何軒もの家々を繰り返し襲い、犠牲者の通夜の場にも窓を打ち破り舞い戻って来るなど、まれにみる悲惨な事件。幼児を含む7人が殺され3人が重症、「日本獣害史上最大の悲劇」ともいわれます。
吉村昭の小説「羆嵐(くまあらし)」は、その恐怖を生々しく描いています。資料館には、農家が羆に襲われる状況をリアルに再現した展示や、別の羆「北海太郎」(体重500kg、日本最大級)の剥製もあって、まるで「恐怖の館」です。それだけ、羆は地元の人々から長く恐れられて来た存在なのでしょう。
北海道の羆被害と言えば、もうひとつ、忘れられないのが1970年に日高山脈で福岡大学ワンダーフォーゲル部の学生が登山の最中に羆に追いかけられ3人が死亡した事件です。
今でも、犠牲となった若い学生が気の毒で、詳細は語りたくありませんが、「羆に奪われたリュックを学生が取り返しに行ったために襲われた」との報告もあり、当時、地元では「本州の人は羆の恐ろしさを知らない」との声が出たことを憶えています。
子どもの頃、実家の知り合いに営林署関係者がいて、羆に襲われた人の悲惨な状況について聞かされました。学生時代は勉強もせず山ばかり登っていましたが、遠くに羆の姿を目撃したことは何度かあっても、実際に遭遇したことはありませんでした。たまたま運が良かっただけなのでしょう。一度、ホヤホヤの大量の糞と大きな足跡を見つけ、その時は登山を中止、急いで下山したことがあります。
常に羆を警戒していたことは確かで、羆の生態について勉強会を開いたこともありました。
以前の北海道では、皆が羆の恐ろしさを共有していたはずですが、都市開発とともに忘れ去られたようです。
苫前熊事件をまとめた同資料館の冊子(昭和55年)は「最近はヒグマブームだが、その被害が軽視されがちである。要するに羆を愛嬌ある動物という概念を(人々に)与えないことが大事である。野生のヒグマは動物園のクマと全く違う。北海道の自然環境やヒグマの本性から察して、今後また惨事が起こる可能性は十分にある」(犬飼哲夫北海道大学名誉教授)と、早くから警告を発しています。
今年も、知床で羆に接近して写真を撮影する人、エサを与える観光客の姿が報道されていますが、私には理解不能です。
ふつうの人以上に熊の恐ろしさを意識していても、今年の各地での熊被害の多発はショックです。ここ数年、楽しみにしている奥多摩、山梨方面の登山は春先からすべて中止しています。案の定、8月には東京都内の奥多摩で渓流釣りに行った人が熊に襲われました。
私たちはフードバンク活動の傍ら、日本の「食」や気候変動についても考えています。生態系の問題にまで視点を広げてみれば、熊問題は避けて通れない関心事です。
熊が出没する背景、今後の対策などについては、次回以降に続けます。 (有道)