2025/10/12

四季が消えていく

  朝晩、涼しさが増し、秋の訪れを感じます。耐えがたい猛暑が続いたので「この夏は終わりがないのか」と思ったほどですが、さすがに、その暑さも和らぎ、ほっと一息です。

 フードバンクで野菜や果物を配っていると、「四季の変化」を身近に感じるようになります。7月に入ると、キュウリやナス、トマト、トウモロコシなど夏野菜が増え始め、続いて桃の大量入荷。その後、梨や柿のシーズンを迎えます。秋にはぶどう、りんご、サツマイモ、栗も。11月から子どもたちに人気の「みかん」が増えてくると、冬の季節到来です。農作物は収穫時期とともに季節ごとのサイクルで回っているんだなあ、とつくづく思います。

 「日本には美しい四季がある」と言います。

 調べてみると、日本だけでなく海外にも四季のある国々が存在することが分かります。欧州や米国北部、カナダ、南半球ではニュージーランドなど中緯度の温帯地域です。春・夏・秋・冬の四つの季節に分かれ、それぞれ季節ごとの美しい風景が広がり、豊かな食や文化に恵まれます。特に北イタリアから東欧にかけての地域で見る秋の紅葉、その美しさには圧倒されます。

 ただ、欧米温帯地域の気候はマイルド(温暖)なせいか、四季の違いが線で引いたようにはっきりしていないような気がします。日本は山と海に囲まれた島国で、寒暖差も激しいので「春夏秋冬」が、くっきり分かれ、しかも、ほぼ3か月の等間隔で順序よく移り変わっていきます。日本人特有とも言える繊細な季節感覚は、この独特の気候風土があるからでしょう。

 日本の四季の移ろいは、古代以来、衣食住をはじめ、俳句、和歌などの文学、音楽、美術など生活・文化を発展させてきました。日本人はずっと、四つの季節のリズムに合わせて生活してきたのですね。日本の稲作が季節ごとに作業が分かれ綿密な手順を必要とするので、日本人の真面目で几帳面な国民性が養われた、という説を聞いたことがあります。

 いま、この四季が崩れつつあります。

 猛暑の夏が5月から10月まで半年近くも続くために、気温だけ見ると、快適な春と秋は「束の間」で終わり、日本の一年は夏と冬だけの「二季」と言う人もいます。

 今年の秋もどれほど長く続くか分かりません。いずれにしろ、こうした傾向はここ2、3年で急速に強まったのではないでしょうか。私たちも「季節の移ろいを感じる」と悠長なことを言えたのは昨年まで。今年は季節の品々が例年のように届かなかったり、数量が減ったものもありました。猛暑のせいです。

 四季がなくなるなんて想像したくありませんね。でも地球温暖化が止まらない限り、本来の「日本の四季」が復活することは、もうないと思います。日本人が慣れ親しんできた「旬の味」など、言葉だけのものになるでしょう。

 考えてみると、日本人は便利な生活を追い求める一方で、四季がもたらす楽しみを自ら捨て去って来たのかもしれません。ビニールハウスなど施設栽培の発達と産地リレー、工場での農業生産も増え、水産物を含め海外産の輸入拡大。今は季節に関係なく「旬の味」が手に入ります。

 「グローバル化でモノが国境を越えて動く時代なのに、四季だの、旬だの、関係ないよね」と若い世代から笑われそうです。「食」ばかりか、季節のお祭りも「世話役がいない、神輿(みこし)の担ぎ手がいない」など、存続に苦労しているところが多いと聞きます。

 日本人にとって季節ごとの楽しみは、かけがえのないものです。これからは「四季の喜び」を知らない世代が徐々に増えていくでしょう。50年後、いや10年後の日本の生活文化はどう変わっているのでしょうか。

 子どもに読み聞かす「日本昔ばなし」も書き換えが必要かもしれません。

「むかし、むかし、あるところに、みんなが四季を楽しみ、幸せに暮らす時代があったとさ」 

  (有道)